辞世百句その14 文豪森鴎外

       (岩波文庫の「雁」)
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旧岩崎邸庭園の北側を通る「無縁坂」を舞台にした名作が鴎外の「雁」。
53歳の作で、130ページの中編。
妾の「お玉」が医学生岡田に寄せる慕情を哀感を漂わせながら表現しているところや、
それを下宿屋上条に同宿の「僕」という語り手によって物語を展開していくところが、いい感じ。

       (旧岩崎邸庭園の石垣に沿って無縁坂を登る)
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その辞世は、死の3日前に親友の賀古鶴所へ口伝えた遺言。

・・・死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ 奈何ナル官憲威力ト雖 此ニ反抗スル事ヲ得ズト信ズ 
余ハ石見人 森林太郎トシテ 死セント欲ス
宮内省陸軍皆縁故アレドモ 生死別ルル瞬間 アラユル外形的取扱ヒヲ辞ス 
森林太郎トシテ死セントス 墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラズ
書ハ中村不折ニ依託シ 宮内省陸軍ノ栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ・・・

       (今も、お玉が紅雀の鳥かごを窓辺に吊るしているかも・・・)
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明治14年東大医学部卒業、17年から衛生学を目的にドイツに足かけ5年留学、
各地を旅行し青春を謳歌し、その体験を異国情緒とロマンスに満ちた数々の名作に結実。
一方では、明治40年に軍医の頂点、陸軍軍医総監となる。

       (黄金色に輝く受付横の大銀杏)
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その鴎外が親友賀古に口述筆記させた遺書は、どこか刃向かうようで捨て鉢な印象がしないでもない。

一度も帰郷したことがない石見(島根県津和野市)に、それほど愛着があったのだろうか?

       (岩波文庫の「阿部一族外二篇」)
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あるいは、先日読んだ「興津弥五右衛門の遺書」の執筆の契機が、その年の乃木将軍の自決と言われる。

まさか、戦功により伯爵に叙せられた乃木希典と対比して、自分にはそれが期待できないことを知っていて、尻を捲ったのか。 (これは全く論拠のない思いつきの推定!)

       (正門から洋館まで200m、緩やかに曲がる坂路)
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小庭師なら、「森林太郎 石見に生まれ 洋行遍歴し 千駄木で死す」かな。

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