檜原村の尾根みちを行く

       (第1カーブで、一発クラクション!)
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檜原村に足を踏み入れて、ちょうど36年が過ぎた。
休日には、仕事を離れて自然の中で息抜きがしたかった。

       (第2カーブの頂点)
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五日市街道を西へ西へと愛車を走らせて、自宅からきっかり2時間、
着いた地点がここ檜原村、小岩の羽根撞橋。

       (第3カーブ、傾斜角は25度ときつい)
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その脇の山道を登っていた時、今は亡き炭焼きのケンジ翁に出会った。
翌54年8月8日、ケンジ翁の紹介で、晴れて山ん中に畑を手に入れた。
以来、山小屋を建て休日には畑で汗をかくことを夢見てきた。 
(そうは問屋が卸さない・・・)

       (改築終わったKKさん達の山小屋と藤棚)
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完全年金生活者になり、ここに隠棲しても良いかなと思案するのだが、
いかんせん、幹線道路からの山道が不便この上ない。
(未だ俗世に未練タラタラ?)

       (第4カーブの頂点、その先に待避場所)
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その山道だが、昭和60年代に入って整備・舗装され、
なんとか車で登れるまでになったが、急勾配と狭い幅員が難点。
軽自動車ならともかく、大衆車クラス同士のすれ違いは、危険がいっぱい。
カーブと待避スペースの位置関係を頭に入れて、通行すべし! 

       (第5カーブ、連続して第6カーブへ)
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「檜原村の空は狭い」と人はいう。
谷間を走る道路や沿道の集落では、両側から山が迫っていて、
陽が傾くとすぐに陰るからだ。
その反対に、急な山道を登れば、尾根筋の南面は別天地。

       (第6カーブ、前方のミラーをよく見て)
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それを知ってか、御前山や大岳山に続く標高千メートル前後の尾根道には、
縄文時代からの遺跡がある。

       (ここまで来ると一安心、第8カーブ)
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時は下って、薪炭と養蚕の需要で活気づいた大正から昭和初期、
高所にも多くの住居が立ち並び、全村で6千人以上の人が暮らしていたという。

       (びっくりするような大きなグミの実)
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今、島嶼部を除けば、檜原村は東京都で唯一の村。
しかも、人口2400人ほどの一番過疎な村だ。
人口密度がわずか24人/平方km、一番高い豊島区のちょうど900分の1だ。

       (熟した桑の実、7粒食べてポリフェノール補給)
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しかし、何度でも繰り返す。
この山道を歩いて空気を吸えば、心が癒されること請け合い。 

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