中山道膝栗毛、初日は足馴らし

     (一昨年同様に、左足首が腫れて靴が履けなくなる)
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予(小庭師)も、いづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、
漂泊の思ひやまず云々、はて有名な俳諧紀行にあったかな?

     (橋の袂には日本国道路元標、背景は日本橋三越本店)
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それはともかく、先ずは中山道の第一歩を踏み出そう。
冬日和を幸いに、空身で東京駅まで出かける。
今日の目標は、日本橋から10㎞隔たった最初の宿場町板橋まで。
何せすっかり脚力が落ちてしまい、足馴らしと言ったほうが良いかも。

     (橋柱の銘板「日本橋」、揮毫は徳川慶喜なんだ!)
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暮れも押し詰まって、股・膝・足首に始まって全身の関節が疼いて動けなくなった。
ついには、水分補給と排尿を除き、48時間ほぼ昏睡状態で寝込んでしまった。
医者は関節リウマチを疑って検査したが、炎症が起きているものの、
断定するほどの数値ではないとのこと。
経過観察(つまり、関節リウマチではない)となったが、一体何の病気?

     (橋の北側は魚市場発祥の地、関東大震災で築地へ移転し、さて次は?)
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思うに「老化!」これしかあり得ない。
ひと昔前なら一言「寿命!」で片づけられていたのが、なまじ長生きするから、
新しい病名を定義しなくてはいけなくなったに過ぎない。
医学の研究者もご苦労なことだ。 

     (神田や築地魚市場などの総氏神だから、商売繁盛を祈願)
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さて起点となる日本橋、
現在の橋は重厚な花崗岩の二連アーチ橋(なんと築106年!)だが、
慶長8年の建造当初は木造の太鼓橋だった。
その北側に魚河岸が設けられていたことなど、
区教育委員会の標示板が詳しく説明してくれる。
橋に立ってしばらく眺めていたら、ヒト・モノの往来で賑わう様が目に浮かんできた。
さあ小庭師も出発!

     (東大の正門は安田講堂の見えるこちら側、赤門だと勘違いしていた!)
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そして、出発から1時間余り。
途中には昌平橋・湯島聖堂・神田明神・東大赤門など見慣れた景色が続く。
去年も仲間と歩いたばかりで、どうも興が湧いてこない。 

     (高岩寺が設置しているお洒落なトイレ、さすがおばあちゃんの原宿だ)
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原因の一つは、まだ本調子でないからか?
休憩場所がどこかにないかと、「おばあちゃんの原宿」こと
「巣鴨地蔵通り」に入ってみたが、平日でも変わらぬこの混み様。
杖や老伴侶に支えられながら、或いは酸素ボンベを引きながら、
最近の年寄りはあきれるほどに元気だな。
結局、とげぬき地蔵にも洗い観音にもご挨拶せず、
雑踏を抜け出して国道17号線を渡って、染井霊園に向かう。

     (染井霊園近く、この本妙寺のほかにも芥川龍之介の慈眼寺など)
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霊園には高村光太郎、近くの本妙寺には遠山金四郎や千葉周作など、
閑静なこの一帯には、著名な人物の墓所が多い。
と言っても、場所柄やはり休憩場所は見つからない。

     (遠山金四郎の雅号は帰雲、元来た山に帰っていく白雲の境地か)
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止む無く中山道に戻って、えっちらおっちら板橋宿を目指す。
ええいっ、今日はコース設定もいい加減でダラケ気味。
500mも行かぬうちに可愛い路面電車(都電荒川線)に行く手を遮られる。
これ幸い、巧い口実が見つかった!
早めに切り上げる気になったら、ちょうど都営三田線西巣鴨駅が目に入ったので、今日はここで終了。

     (脱落、いや股関節に不安があって、西巣鴨駅で早めの切上げ)
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かくして、3週間遅れで、小庭師の平成29年の世過ぎが始まった。
が、わずか2時間半、10㎞の道のりでギブアップでは先が思いやられる。 
前回同様、中山道のガイドブックをまず購入して、
休憩場所や便所や見所を事前に書き込んで歩くことにしよう。

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