辞世百句その18 狂歌師と、立春間近の小庭

     (メジロやヒヨドリのふん公害でご近所が迷惑するから、ミカンは1日半個)
画像

人の死を忌み嫌うのは、未だ社会制度や医療技術が発達していない時代、戦乱に巻き込まれたり、蔓延する疫病・飢餓の犠牲になったり、不本意で非業な死に方が多かったことが理由ではないか。(私見)

     (去年ベランダに吊るしておいたヒヤシンス、芽は出したが花は咲くか?)
画像

決して喜ばしいテーマではないが、古今(東西?)の辞世百句の鑑賞を再開。
人生の終わりに臨んで、先人・偉人が己の人生にどう訣別したのか、
あるいは己の人生にどんな感慨を抱いたのだろうか。

     (陽当たりの加減で、こちらの白加賀はこれから咲き始め)
画像

百句達成できたら、自分らしい結末(臨終)を選択・実践できるだろうか。
現時点、苦しいのは嫌、痛いのは駄目と、悪足掻きするのは疑いない。 

     (トムとジェーンとコリーの置物は壊されちゃったが、花は耐えて咲く)
画像

今回は、己の人生を洒脱に見渡して締めくくった先人の狂歌師二人。

     (写真では見えないが、寒緋桜も幹の反対側で鮮やかな緋色を一輪)
画像

まず、永田貞流(1654~1734年)が81歳で詠んだ辞世。

 百ゐいても同じ浮世に同じ花 月はまんまる雪は白妙

雪月花の雅な風景はいつも変わらず、
一方で、浮世の行人は煩悩にまみれて右往左往を繰り返す。

松永貞徳の誹諧を受け継いで、浪花狂歌を興した大阪の狂歌師。
現世はそもそも儚い夢に過ぎないと投げ捨てることなく、
味わい尽くした好々爺の達観した歌だと言う。
「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」とは、やや趣が違う感じ。

     (ヒメツルソバ、陽当たりが良いので年中咲いている?)
画像

同い年で、同じ大阪の誹諧師小西来山(1654~1716年)の辞世も軽妙。

 来山は生まれた咎で死ぬるなり それで恨みも何もかもなし

     (今年の実付きを良くするため、立春過ぎたら柚子は全部収穫)
画像

注:2~3年前に図書館から借り出した「辞世の歌?」の中から、
気に入った部分を抜き書きしたもの。説明部分も自分なりに手を加えた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック