辞世百句その19林子平

     (小庭の寒緋桜)
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林子平の辞世と関節リウマチの痛みが繫がった?

2月初めに中山道を歩いた直後、咽頭炎でのどが真っ赤に。
そしてほぼ同時に蓄膿症も悪化、膿汁がダラダラ止まらない。
さらに2日後には、坐骨を中心に関節炎の三重苦に見舞われてダウン。

発症7日目、痛みに耐えきれず伝家の宝刀「ボルタレン」を服用。
何とか耐えられる程度の痛みに抑えながら、天井を眺めるだけの廃人生活。

鎮痛効果が切れると、下半身から首・肩にまで拡がって疼く。
靴下も履けず、便座にも座れない。
痺れる足で、入浴する意欲も便所に行く気力も失せてくる。
ポックリ死ねればそれもまたよし、という気分。

     (鮮やかな緋色が青い空に映えるのは一週間後)
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そんな八方塞がりの絶望状態だったから、この辞世がひょいと浮かんだ。

 家もなく妻なく子なく版木なく 金もなければ死にたくもなし

警世の書「海国兵談」を自費出版したものの、寛政異学の禁に触れて、
幽閉状態で憤死した林子平(六無斎)の辞世。

林子平(1738年~1793年)と佐久間象山(1811年~1864年)を知っているかと聞かれて、
答えられるのは「江戸時代の思想家」と言った程度。

     (ベッド派に無縁の寝心地、太陽を浴びたふかふか布団は最高!)
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そんな日本史の知識レベルなので、以下は広辞苑や、
松村雄二著「辞世の歌(笠間書院)」などを参考に補足。

経世家として海外事情にいち早く注目し、朝鮮・琉球・蝦夷などの地図「三国通覧図説」や、
幕末の志士に強い影響を与えた「海国兵談」を著す。

しかし、鎖国や無防備のままの幕府政治を批判したとして、
金策に奔走した「海国兵談」は発禁、版木は没収、おのが身は蟄居。
幽閉中に詠んだ「籠居百首」の表紙には、
六無斎遺詠と記して、無念な思いを和歌に遺している。
その中の一つが先に掲げた一首。

著者松村雄二氏が、辞世の中でも極北に位置するものと称えている。
子平は精神面で悲憤慷慨し、小庭師は肉体面で悲痛慨嘆??
満身創痍、迷路のどん詰まり状態の小庭師も、同感。

ついでだが、佐久間象山は、幕末の兵学者・思想家。
大砲を鋳造したり、「海防八策」を上書・建白したりして、
海防の必要性や、公武合体・開国論を主張。
慶喜に招かれて上洛中、攘夷派の浪士に斬殺される。
よって、佐久間象山には辞世がない。

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