中山道 最初の寄り道は、さきたま古墳群

     (小田原北条氏が落城しても、籠城し続けた忍城のでくのぼう)
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春うらら、家にいたらもったいない。
車も丸1か月動かしていないし、
股関節の痛みも薄らいだので、ちょっと片道70kmのドライブへ。

自宅を8時30分出発、首都高中央環状線・埼玉大宮線経由で1時間30分。
最初の目的地は、浮き城として有名な埼玉県行田市の忍城(おしじょう)址。
映画「のぼうの城(原作:和田竜)」の舞台と言った方が通りは良いか。

     (沼地に浮かぶ忍城の鳥瞰図、中央左寄りに三階櫓が見える)
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郷土博物館の展示を「貸し切り状態」でじっくりと見て回る。
おかげで、忍城が広大な天然の沼地の中に築かれた城郭であることが、
物わかりの悪い小庭師でもおぼろげに分かった感じ。
石田三成の水攻めに耐えた理由の一つであることも、まあ得心がいく。

     (櫓の最上階は展望台で、古代~中世~江戸~明治以降~現代と展示)
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ついでだが、忍城本丸跡に建設されている郷土博物館を兼ねた御三階櫓は、一見すると天守閣に見える。
しかし、三の丸にあった往時の三階櫓をモデルにして、昭和63年に建設された天守閣もどきの櫓だ。
忍城本丸にはもともと天守閣はなかったようだが、なぜ?
(緩い地盤か、江戸城本丸への配慮か・・・)

     (勝利を信じろ!池井戸潤の「陸王」と、ランニングシューズ「無敵」)
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次の目的地は、池井戸潤が「陸王」を執筆するため取材に訪れたという「きねや足袋」。
行田市の足袋は、昭和13年には全国生産量の8割を誇ったという。

     (寛永通宝の一文銭が10枚並んで、サイズは十文)
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お昼休みの直前だったが、「足袋の館」の作業場を快く案内してもらった。
工程ごとに女性の職工さんがミシンを巧みに操作するのを見ながら、品質・技術の高さを実感。

     (実測十文半だが、二股ソックスを二枚履きするので十一文三分の足袋)
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冬季のしもやけを防止できそうなので、大きめの十一文三分を一足購入。

     (埼玉県名発祥の碑近くの白梅、枝の元から末に向かって満開から蕾み)
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12時過ぎ、三番目の目的地、さきたま古墳公園に到着。
またまた貸し切り状態で、観梅を楽しみながら、公園のベンチで熱いコーヒーとパンの昼食。粗末な食事ながら最高の贅沢。 

     (73.5cmの刀身両面に文字を刻み、金を埋込む象嵌技法はどこから?)
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腹ごしらえが済んで「さきたま史跡の博物館」に入場。
今日最大のハイライト、稲荷山古墳の国宝「金錯銘鉄剣」とご対面。
刀身の両面に金象嵌で115文字が刻まれている鉄剣、ガラスケースに収められているこの国宝は本物、複製品?

     (稲荷山古墳、礫槨に埋葬されていた鉄剣など副葬品全てが国宝に指定)
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こんな武器や副葬品、それを可能にする生産技術・社会体制が5世紀の武蔵国に存在していたなんて、まさに感動的な発見!

     (東西0.5、南北1kmのさきたま古墳公園には大小10基以上の古墳)
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午後1時半、博物館を後にして、道のりにして約2km、公園内の古墳を回ることに。

     (円墳の浅間塚古墳、頂に祀られている前玉神社で手前勝手な願掛け)
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瓦塚古墳からスタートし、奥の山・中の山・浅間塚・鉄砲山・二子山・将軍山・稲荷山・丸墓山・愛宕山と、10基全部踏破して(但し、稲荷山古墳は3月末まで保全工事で全周が立入禁止なのでタッチのみ)、2時30分終了。

     (丸墓山古墳は高さ19m、忍城を水攻めする三成が陣を張った高台)
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早め早めの行動で、帰りの道路もスムーズ。
中山道膝栗毛の寄り道にしては、快適・爽快・収穫の多い日帰り旅行だった。 

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