中山道その4 大宮宿から上尾を経て桶川宿まで

     (歴史と民族の博物館にも寄りたいが、出発早々の脱線は却下!)
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今日も晴天、午前9時大宮駅東口から中山道膝栗毛4回目をスタート。

     (東大成町の庚申塔、猿田彦大神なのか青面金剛の石像)
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大宮宿から上尾・桶川を過ぎて鴻巣宿までの約20kmは、
ひたすら北西に針路を定めて中山道(県道164号線)を歩くだけ。

     (渓斎英泉の浮世絵木曽街道上尾宿には、杜の中にこの加茂大明神の幟旗)
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その間、宿場の本陣・脇本陣の建物が保存公開されているわけでもなし、
石塔・石仏の立札に興味を引くような由来が書かれているわけでもなし、
まして気軽に立ち寄れる郷土博物館のような施設もない。

     (馬喰新田とか講中とか読めるが、これも青面金剛像の庚申塚?)
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ないないづくしで、いつの間にか老いの繰り言ならぬ、ぼやき節。 
なんでこんな古い歌が記憶に残っているのだろう?

     (上尾駅の南東1kmに巨大ショッピングモールが建設予定?)
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粋な黒塀(黒兵衛) 見越し(神輿)の松に 仇な姿の 洗い髪 
死んだ筈だよ お富さん 生きていたとは お釈迦様でも 
知らぬ仏の お富さん  エーサオー 玄冶店 
春日八郎の歌で、()書きは子どもの頃から誤解して覚えていた歌詞。

     (上尾宿の鎮守氷川鍬神社に、朱子と道真の二賢人を祀る学舎「二賢堂」)
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遅々と進まぬ歩調に合わせて、母が子守歌代わりに歌っていたこんな童謡まで口ずさんでいる。

     (上尾駅西口デッキからの富士山、こんな好天だったのに、・・・)
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雨降りお月さん 雲の蔭 お嫁にゆくときゃ 誰とゆく 一人でからかさ さしてゆく 
からかさないときゃ 誰とゆく シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた 
お馬にゆられて ぬれてゆく  詞は野口雨情。
大正時代の詩人の歌を、こんな歳になるまで覚えていて、
最近の歌は全く覚えられない、何故!

     (昼過ぎ桶川市に入ると、急に15mを超える北西の強風が襲う)
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中山道膝栗毛は六十九次と長丁場。
気力体力を維持しないと、年内完歩は難しい。
それなので、自分へのご褒美として寄り道を何か所か容認する心づもり。
しかし、給料の前借りではないが、先週は行田市のさきたま古墳群を見たばかり。

     (桶川宿の江戸東口「旧跡木戸址」、昔はここに自身番が詰めていた)
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何とかだましだましで、上尾宿に到着。
JR上尾駅構内で、11時から20分間のお茶とトイレ休憩。
さあ、鴻巣宿を目指して後半戦!
ところが、12時を過ぎて、急に北西の風が強まり、風速は15m超。
真正面から行く手を阻まれる。

     (嘉永五年築の旅籠紙屋半次郎、現在は国有形文化財の武村旅館)
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無理して前傾姿勢をとって足に力を入れると、
古傷の左足首がチクリ。
それでも、慎重に歩を進めていくと、
今度は首から尾てい骨までの背骨を捩じられたようにズキン。
無理は止めよう。あっさりと12時20分、桶川宿で途中棄権。 
実歩3時間、14km。

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