テーマ:草花

東京庭園五十三次(その四十一「等々力渓谷公園」)

            (等々力渓谷入口) 知的障害のあるお子さんの登校に付添ったその足で、渋谷駅から田園都市線、大井町線と乗り継いで、「等々力渓谷」へ行ってきました。 等々力駅から徒歩3分、大きな欅のあるスーパー成城石井の角を曲がると、渓谷の入口となっているゴルフ橋があります。その橋の袂から渓谷へ階段を降りていくと、下から涼風…
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東京庭園五十三次(その三十九「小石川植物園」)

            (旧東京医学校本館) 通称「小石川植物園」内の日本庭園は、五代将軍綱吉が館林侯であった幼少時代に建てられた白山御殿と呼ばれた別邸の庭園に由来しています。 その白山御殿の跡地に、貞享元年(1684年)、小石川植物園の遠い前身「小石川御薬園」が作られ、さらに享保7年(1722年)には、八代将軍吉宗の命により「…
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東京庭園五十三次(その三十八「水車公園」)

            (上掛け式の水車) 池袋から東武東上線の普通で8つ目の「下赤塚」駅を降りて徒歩15分、「前谷津川緑道」に沿うように、区立「水車公園」があります。 「前谷津川」とは、板橋区の赤塚・四葉・徳丸・西台・高島平の谷間を流れて、新河岸川に注いでいた長さ5kmあまりの小川で、昭和59年に暗渠化され緑道になっていま…
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東京庭園五十三次(その三十七「殿ヶ谷戸庭園」)

            (江口別荘・岩崎別邸時代の正門と緩やかなアプローチ) 6月10日更新されたホームページで、「殿ヶ谷戸庭園」が国の名勝に指定云々と書かれていたので、早速?行ってきました。             (大芝生の先に見える本館) 家人曰く、ずいぶん前に新聞に載っていたわよ。ゲーッ! {%表情恐怖deka…
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オープンガーデン拝見!

ここ2日連続して、古い棟のセメント瓦にペンキを塗っています。 慣れない仕事なので、背筋や右の手首が痛くなるし、刷毛を持つ右手の中指にペンキだこならぬ血豆ができてしまったので、さすがに今日は休養です。 丁度半分終了したところですが、この調子でいくと、畳36枚分の油性ペンキ7リットルと溶剤3リットルは使い切りそう。 慣…
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東京庭園五十三次(番外の九「柳原千草園」)

3時間だけ時間が空いたので、2時間半かけて、足立区立「柳原千草園」を確認してきました。             (南側入口) 隅田川と荒川に挟まれたここ「柳原千草園」、2万5千分の1の地形図で見ると、古い隅田川の河跡があるらしく、まさに0メートルの等高線が園内を横切っています。         …
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東京庭園五十三次(番外の八「三四郎池」)

漱石の同名の小説がここを舞台にしたことから、「三四郎池」と呼ばれるようになったこの池、石碑に正式な名称が彫られていました。 「旧加賀藩上屋敷育徳園心字池」 現在の本郷キャンパスは、大坂夏の陣の後、加賀藩前田家が幕府から下賜された敷地にあります。寛永3年の三代前田利常の時に、三代将軍家光訪問の内命を受けて、3年の歳月をかけ…
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東京庭園五十三次(番外の七「吉池旅館&山のホテル」)

            (吉池旅館の庭園眺望) 三菱財閥・岩崎家の庭園が箱根にもあるというので、番外になりますが、一泊して眺めてきました。             (山のホテルつつじ・しゃくなげフェア) まずは、芦ノ湖畔の「小田急山のホテル」。 創業者岩崎彌太郎の甥・小彌太が明治44年に建てた別邸です。    …
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桧原村雑感

          (ヤマツツジ) 5か月ぶりに桧原村に行ってきました。 標高600メートル、木洩れ日に輝くヤマツツジがきれい。           (浅間尾根とアヤメ) 簡易水道の水源の清掃作業をやるので、朝5時起きの6時出発、中央高速がスムーズだったので、8時に到着、久しぶりの肉体労働で汗をかいたのと、透き通るよ…
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東京庭園五十三次(その三十五「東渕江庭園」)

花が一段落して、若葉がまばゆい時期になっています。 庭園五十三次も候補地が残り少なくなり、都内に53もあるのか心細くなっています。 今日は思い切って常磐線に乗り、2時間かけて「東渕江庭園」にやってきましたが、何か土地の雰囲気が違います。 同じような家やマンションが建ち、自動車や自転車が走っているのに何故だろう。 (ナンバ…
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東京庭園五十三次(その三十四「亀戸天神」)

5月に入って、江東区の老人ホームにいる母を車椅子に乗せ、近くの横十間川を散歩していたら、藤棚の傍で、天神橋の藤がもっときれいだという話を小耳にしました。  前から気になっていた「亀戸天神の藤まつり」のことに違いないと、3時間の特別休暇をもらって、超特急便で出かけてきました。 4月21日から…
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東京庭園五十三次(その三十三「新江戸川公園」)

震災後しばらく休園していたが、もう開園しても良い頃だろうと、いつものように西新宿五丁目駅から大江戸線に乗って、飯田橋経由で文京区立「新江戸川公園」を再訪してきました。 案の定、入口にあるはずの灯籠が消えていて、地面に5つの部品が転がっています。 細川家の学問所であった「松聲閣」も、大正時代の建物のため…
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東京庭園五十三次(その三十二「皇居東御苑」)

            (大手門) 今回の大震災によって、大手門の白壁まで剥がれ落ちていました。             (同心番所脇の石垣)(拡大) その少し先の同心番所脇の石垣を見ていたら、ほぼ一日おきに入園しているというご婦人から、震災前に較べると若干隙間が大きくなったようだと話しかけられました。 確かによ…
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東京庭園五十三次(その三十一「向島百花園」)

隅田川の白鬚橋から500mばかりのところに都立「向島百花園」があります。 始まりは、町人文化が花開いた文化・文政期に、骨とう商人の粋人・佐原鞠塢(きくう)が、旗本・多賀氏の屋敷跡3千坪を買取り、交遊のあった文人墨客の協力を得て、花の咲く草木観賞のために開いた「民営草庭」とのこと。 開園当初は360本もの梅が咲き誇った…
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エビネ萌出る

春分が過ぎ昼が長くなると、庭の木々が芽を出すように、最低気温が7~8度を下回ることがなくなると、池の金魚も、地面の草花も動きが活発になる。 微妙な水の比重や、太陽光の変化を察知して、活動を始めるのだろうな。            (ヤブレガサ) 去年、日陰にある高さ2メートルほどの雑…
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