辞世百句その七 画狂老人こと葛飾北斎

        (凱風快晴)
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文化遺産候補を審査する国際記念物遺跡会議(イコモス)が、富士山を世界文化遺産に登録すべきとの評価を勧告したことが、昨日報じられた。

古くから信仰の対象であり、日本の芸術・文化を育んできた存在価値からして、至極当然。
それよりも、西洋の芸術・思想に強烈な影響を与えた北斎の貢献を再認識すべきかも。

        (山下白雨)
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ということで、辞世百句その七は、浮世絵師葛飾北斎(1760~1849年)

 「 ひと玉(人魂)でゆく気散じや 夏の原 」
臨終の床で軽妙な辞世を詠んで、

        (尾州不二見原)
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天我をして十年の命を長ふせしめハ」といひ、暫くして更に謂ひて曰く、「天我をして五年の命を保たしめハ、真正の画工となるを得へし」と言訖りて死んだと、飯島虚心「葛飾北斎伝」

「あと十年生きたいが、・・・せめてあと五年の命があったら、本当の絵師になれるんだがな」と言い終えて死んだ。

        (神奈川沖浪裏)
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役者絵から美人画まで、漫画も春画(枕絵)も、さらには読本の挿絵や絵手本やらに、あるいは浮世絵から肉筆画へと、様々な題材と技法と画風を試みていく。

北斎の魅力は、新しい分野に挑戦し摂取し、そこに安住することなく、なおも独自の世界を追求していく開拓心。
長生きの秘訣もそこにあるのかも。 

        (遠江山中)
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その飽くなき好奇心・探究心の結果なのかは専門家でないので知らないが、画号は、春朗、宗理、辰政、戴斗、為一、画狂老人、卍など30回近い変遷、脱皮のための転居は93回とか。

山田風太郎「人間臨終図巻Ⅲ」には、百歳を目標に、自家製の長寿薬を朝夕お猪口に2杯ずつ服用したとあるが、惜しむらく、89歳で画道の奥義半ばに絵筆を措く。

        (甲州石班沢)
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くさびを打ち込まれたように首の付け根が動かない、足が折れそうなくらい右足膝外側が疼く、針で刺されたように右肘と左膝が痛い、その上、鼻血が出るほど鼻穴がムズムズする、チャドクガの毛が刺さったように背中や腕が痒い。いったいどうなっちゃたんだろう?
悶々と一日休養するしかなくて、写真がないので、借用します。
著作権とか、御免なさい。 

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