中山道その2 板橋宿から蕨宿

     (掘割の先に、元祖亀の子束子の西尾商店、よりどころ1個購入)
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雪国の人には申し訳ない気持ちだが、好天なので中山道歩きその2へ。

     (30年近く通った埼京線板橋駅前、街道はここを通っていたのか!)
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勿論、先週の轍を踏まぬように、手には「ちゃんと歩ける中山道六十九次」。

     (「旧中山道仲宿」交差点近く、中途半端な幅員でも馬・駕籠時代は大路)
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偶然か、先週の朝日新聞で、街道歩きをテーマにした記事があった。
その中で著者八木牧夫氏が「五街道ウォーク」代表として紹介されていた。
その効果絶大、三省堂書店の本棚にはその著書5冊が各10冊ずつ平積み!

     (仲宿の本陣跡の先に、地名の由来となった橋が石神井川に架かる)
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これなしで漠然と歩いたら、現在の国道17号線を辿るだけとなってしまう。
実際歩いてみれば、よく調べ・よく歩き・よく本にしたものだと納得できる。

     (板橋十景の一つ南蔵院の枝垂れ桜、あと2か月待てば又廻ってくる)
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さて、今回からは二つのことをできる限り実行しようと思う。
一つは、その宿場の名物や特産品を食べたり買ったりすること、

     (江戸名所図会に描かれた清水薬師、その薬師の泉公園に目ざす便所なし)
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二つ目は、街道に沿って忠実に歩くだけでなく、一か所だけ寄り道すること。

     (中山道最初の難所、志村坂下辺りまで歩いてみると、急で長い坂を実感)
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午前9時半、西巣鴨駅からスタート。
千川上水の掘割が昔あったと言う掘割交差点の先で、さっそく名産品を発見。

     (荒川を渡れば埼玉県、昔は渡し船、今は車でこの戸田橋519mを30秒)
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巷に便利グッズやアイデア商品が溢れているが、用途が限定されるから、
廃れ、粗大ごみとなるのも早い。
比べて、亀の子束子は応用範囲が広いから、明治40年発明以来の定番商品。
もっとも、若い世代のキッチンで見かけることは少ないが・・・

     (中仙道蕨宿まちなみ協定に沿って落ち着いた景観が形成され、好印象)
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今日のコース、ふと気が付いたが、妙に楽ちんな道のりだな。
石神井川、新河岸川、荒川と橋を渡るにつれて、海抜高度が28m(仲宿交差点)から3m(新河岸川の舟渡)まで下がっていた。帰宅してから納得。

     (蕨市立歴史民俗資料館と蕨本陣跡、歴史の勉強ができた)
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しかし、戸田市文化会館で昼食とトイレ休憩を摂った後、
やっぱり右の股関節がゴリゴリと削られるように痛みだす。

     (金亀山極楽寺三学院は、家康から寺領20石を寄進されたほどの古刹)
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ここでやめるか、先に進むか迷うものの、
同じ血を受け継いだ新しい生命が誕生したと、今朝姉から目出度いメール!
どうしてもお礼がしたくて、結局は三学院まで寄り道決断。

     (三学院の子育地蔵と六地蔵と目疾地蔵、いずれも江戸時代初期の石造物)
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午後2時過ぎ、平安後期の作とされる木造十一面観音菩薩を本尊とする三学院にお参りをすませ、
股関節をかばいつつ、JR蕨駅まで戻って終了。
5時間、2万歩、16km。

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