中山道その7 深谷宿、名物はレンガと翁最中とねぎ

   (国道17号の原郷歩道橋に樹齢10年の貧相な見返りの松、逞しくなれ)
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思い立って朝8時00分に自宅を出発、
新宿駅8時26分発の湘南新宿ライン籠原行に悠々と乗車。
この便利さがあるから、生まれ落ちた時から東京を離れられない。 

   (街道沿いに煉瓦積みの卯建(防火壁)のある旧商家、大正時代の貴重遺産)
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9時46分籠原駅から中山道膝栗毛を再スタート。
東方町(ひがしがたちょう)に沿って、30分以上単調な道のりを北西に進む。
日本武尊が東征の折に「東の方は何れに当たるや」と尋ねた故事からという。

   (これも文化遺産、田中藤左衛門商店の七ツ梅酒造跡、今は深谷シネマで活用)
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その先では、江戸末期に400本の松や杉の並木があったという「深谷並木」や、
旅人が遊女との別れを惜しんだ宿外れの「見返りの松」に、昔の面影は消滅。
加えて、上杉氏の庁鼻和(こばなわ)城跡がある「国済寺」では、
入る道を間違えて参拝できずに、残念無念。

   (新しい時代の要請と深谷宿の文化遺産をどう調和させ、観光面も区画整理)
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そうこうするうち、唐沢川を越えて深谷宿に入る。
銘酒「七ツ梅」蔵元だった田中屋の並びに、小さな和菓子屋がぽつんと一軒。
客が立て続けに入っていくのが妙に気になって、試しに(釣られて)後に続く。
店内が空いてから、糸屋製菓店一番のお勧め品を尋ねたりしながら、
大きな翁最中1個と五家宝を買う。

   (深谷駅北口から写した煉瓦調の洋風駅舎、渋沢栄一像、からくり時計)
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小腹も空いたので、ひとまずお昼とトイレ休憩のため、JR深谷駅へ立ち寄る。
近代日本経済の父渋沢栄一像が置かれた青淵広場で、日向ぼっこしながら昼食。

   (通販で入手できない家伝の銘菓、粋な手土産になる翁最中や五家宝)
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翁の能面をかたどった最中には、程よい甘さの粒あんがたっぷり。
作りたてだったのか、パリッと皮を頬張るとあんこがホカホカして最高!
午後の後半戦に備え、あとはミルクとりんごとお茶で終わり。 

   (正午の時報、からくり時計の下から渋沢翁の変なおじさんが登場!)
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立ち去る前に、快適なベンチとトイレを提供してくれた深谷駅にお礼。
よくよく眺めてみると、煉瓦調のお城のようで、なかなかとセンスが良い。
50数年前、東京駅の大手町界隈に立ち並ぶ三菱地所の貸しビル群は、
小庭師の探検・遊びの場だったせいか、煉瓦造りの建物には郷愁が湧く。

   (深谷宿京都口に高さ4mの常夜燈、道の反対側には呑龍院の子守地蔵)
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因みに、赤煉瓦の外壁と言えば、東京駅丸の内駅舎が一番に思い浮かぶ。
1914年の創建時、駅舎は鉄骨煉瓦造で、その躯体の構造用煉瓦には、
深谷市にあった日本煉瓦製造株式会社で製造された煉瓦が使われた。
2014年に完成した保存復原工事では、
3階以上の外壁には新しく化粧レンガタイルが張られているが、
既存の構造用煉瓦や鉄骨は、そのまま保存・活用されている。

   (安倍氏の菩提寺源勝院、西500mには岡部藩の陣屋=城郭跡)
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閑話休題、道は国道17号線と合流し、岡部(北)の交差点で、
岡部二万石の藩主安倍氏の菩提寺源勝院に立ち寄る。

   (岡部藩安倍氏の位牌型墓碑、歴代藩主12基が南から北に順に並ぶ)
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利根川沿いに広がる田畑を見晴らせる敷地北隅に、歴代藩主の墓があった。
屋根付き位牌型の墓碑が二代から十三代まで整然と並んでいたのには驚き。
つまり、江戸から明治までの280年近く、安倍氏は転封がなかった!

2万歩を超え、股関節の油切れ症状が出てきたので、
時間はまだ早いが、JR岡部駅で終了。
実歩4時間、16km。  

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