テーマ:ガーデニング

上野東照宮ぼたん祭り

         (ぼかしの効いたピンクの牡丹) きつい一週間が無事?というか、やっとこさ終わった~。  それで、ほったらかしの「上野東照宮ぼたん祭り」の写真を整理。 お隣のTさんの育てる牡丹が毎年見事な大輪を咲かせるので、それに触発されたわけではないが、話の種にと、上野のお山へ。        …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

立夏の御苑

水・木・金と続いた雨は、5月1ヶ月分の雨量を超える記録的な大雨となった。 庭に置いてある甕の水位が、3日間で20cm上がっていてそれを物語る。 お陰で、大きな洗濯袋を担いで、風呂屋のコインランドリーまで3往復させられた。  まあ、大きな被害が出なかったのが幸い。      (セイヨウトチノキの林の木漏れ日) さて、こど…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

亀戸天神と根津神社のはしご酒

         (亀たちは春の真っ盛り) 世間では待望のGWだが、家事手伝い兼「小庭師」にはなんの恩恵も感激もない。 相変わらず雑事に追われる身分だが、午前9時から午後1時までの4時間を使って、 「亀戸天神社の藤まつり」と「根津神社の文京つつじまつり」をはしごした。          (亀戸天神の今年の藤棚) 広…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その四十「八芳園」)

            (八芳園正門) 結婚式から30年ぶり、いや29年ぶりに「八芳園」に行ってきました。 翌年、小椋佳のコンサートで「さらば青春」を聴いたっけ。 「僕は呼びかけはしない 遠くすぎ去るものに 僕は呼びかけはしない かたわらを行くものさえ ララララー ゝゝゝゝ」           …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十八「水車公園」)

            (上掛け式の水車) 池袋から東武東上線の普通で8つ目の「下赤塚」駅を降りて徒歩15分、「前谷津川緑道」に沿うように、区立「水車公園」があります。 「前谷津川」とは、板橋区の赤塚・四葉・徳丸・西台・高島平の谷間を流れて、新河岸川に注いでいた長さ5kmあまりの小川で、昭和59年に暗渠化され緑道になっていま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十七「殿ヶ谷戸庭園」)

            (江口別荘・岩崎別邸時代の正門と緩やかなアプローチ) 6月10日更新されたホームページで、「殿ヶ谷戸庭園」が国の名勝に指定云々と書かれていたので、早速?行ってきました。             (大芝生の先に見える本館) 家人曰く、ずいぶん前に新聞に載っていたわよ。ゲーッ! {%表情恐怖deka…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(番外の十「静嘉堂文庫美術館庭園」)

            (大正13年に建てられた静嘉堂文庫) バス・電車を乗り継ぎのりつぎ、世田谷区岡本2丁目の「静嘉堂文庫美術館」へ行ってきました。 三菱岩崎家ゆかりの庭園は、「殿ヶ谷戸庭園」を残してこれでほぼ網羅?  静嘉堂文庫は、地図上で見ると、丸子川と谷戸川がカーブしながら合流する、ちょうど…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

オープンガーデン拝見!

ここ2日連続して、古い棟のセメント瓦にペンキを塗っています。 慣れない仕事なので、背筋や右の手首が痛くなるし、刷毛を持つ右手の中指にペンキだこならぬ血豆ができてしまったので、さすがに今日は休養です。 丁度半分終了したところですが、この調子でいくと、畳36枚分の油性ペンキ7リットルと溶剤3リットルは使い切りそう。 慣…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(番外の九「柳原千草園」)

3時間だけ時間が空いたので、2時間半かけて、足立区立「柳原千草園」を確認してきました。             (南側入口) 隅田川と荒川に挟まれたここ「柳原千草園」、2万5千分の1の地形図で見ると、古い隅田川の河跡があるらしく、まさに0メートルの等高線が園内を横切っています。         …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(番外の八「三四郎池」)

漱石の同名の小説がここを舞台にしたことから、「三四郎池」と呼ばれるようになったこの池、石碑に正式な名称が彫られていました。 「旧加賀藩上屋敷育徳園心字池」 現在の本郷キャンパスは、大坂夏の陣の後、加賀藩前田家が幕府から下賜された敷地にあります。寛永3年の三代前田利常の時に、三代将軍家光訪問の内命を受けて、3年の歳月をかけ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(番外の七「吉池旅館&山のホテル」)

            (吉池旅館の庭園眺望) 三菱財閥・岩崎家の庭園が箱根にもあるというので、番外になりますが、一泊して眺めてきました。             (山のホテルつつじ・しゃくなげフェア) まずは、芦ノ湖畔の「小田急山のホテル」。 創業者岩崎彌太郎の甥・小彌太が明治44年に建てた別邸です。    …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十六「実篤公園」)

            (記念館入口) 五十三次の数合わせのため、調布市若葉町の「実篤公園」に行ってきました。             (仕事部屋の愛用椅子と硯)             (そのベランダからの眺望) 武者小路実篤が、昭和30年から90歳で亡くなる昭和51年までの20年間を、安子夫人と二人で過ごした…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(番外の六「須藤公園」)

千駄木駅のすぐ近く、不忍通りからほんの少し奥に入ったところに、「須藤公園」という人名を冠したような小さな公園があります。 かって、加賀前田藩の支藩の大聖寺藩下屋敷などがあり、明治に入り、長州の品川弥二郎の屋敷になった後、明治28年に実業家の須藤吉左衛門が所有した敷地です。 須藤家が昭和8年に邸内の一部を整理して、池の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

桧原村雑感

          (ヤマツツジ) 5か月ぶりに桧原村に行ってきました。 標高600メートル、木洩れ日に輝くヤマツツジがきれい。           (浅間尾根とアヤメ) 簡易水道の水源の清掃作業をやるので、朝5時起きの6時出発、中央高速がスムーズだったので、8時に到着、久しぶりの肉体労働で汗をかいたのと、透き通るよ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

似非小庭師

          (ハクチョウゲが咲いた) このブログ、極めて個人的な日記代わりです。 本音のところは、「東海道五十三次」に自分も挑戦して、宿場ごとにブログにするつもりでしたが、 家庭の事情から已む無く、往復を含めて3時間で完結する「東京庭園五十三次」に切り替えた次第です。 (10万人は下らない諸先輩のホームページやブ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十五「東渕江庭園」)

花が一段落して、若葉がまばゆい時期になっています。 庭園五十三次も候補地が残り少なくなり、都内に53もあるのか心細くなっています。 今日は思い切って常磐線に乗り、2時間かけて「東渕江庭園」にやってきましたが、何か土地の雰囲気が違います。 同じような家やマンションが建ち、自動車や自転車が走っているのに何故だろう。 (ナンバ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十四「亀戸天神」)

5月に入って、江東区の老人ホームにいる母を車椅子に乗せ、近くの横十間川を散歩していたら、藤棚の傍で、天神橋の藤がもっときれいだという話を小耳にしました。  前から気になっていた「亀戸天神の藤まつり」のことに違いないと、3時間の特別休暇をもらって、超特急便で出かけてきました。 4月21日から…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十三「新江戸川公園」)

震災後しばらく休園していたが、もう開園しても良い頃だろうと、いつものように西新宿五丁目駅から大江戸線に乗って、飯田橋経由で文京区立「新江戸川公園」を再訪してきました。 案の定、入口にあるはずの灯籠が消えていて、地面に5つの部品が転がっています。 細川家の学問所であった「松聲閣」も、大正時代の建物のため…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十二「皇居東御苑」)

            (大手門) 今回の大震災によって、大手門の白壁まで剥がれ落ちていました。             (同心番所脇の石垣)(拡大) その少し先の同心番所脇の石垣を見ていたら、ほぼ一日おきに入園しているというご婦人から、震災前に較べると若干隙間が大きくなったようだと話しかけられました。 確かによ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

父の命日

父の十五回忌が過ぎた。 ふるさとの菩提寺で納骨した時も山桜が墓石の上を舞っていたが、命日のたびに、「良い季節に桜が散るように逝ったね」と思う。 ねかはくは 花のしたにて春しなん そのきさらきの もちつきのころ その時に植付けた藤が、この暖かさで一気に開花した。 藤棚の下近くでは、前…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十一「向島百花園」)

隅田川の白鬚橋から500mばかりのところに都立「向島百花園」があります。 始まりは、町人文化が花開いた文化・文政期に、骨とう商人の粋人・佐原鞠塢(きくう)が、旗本・多賀氏の屋敷跡3千坪を買取り、交遊のあった文人墨客の協力を得て、花の咲く草木観賞のために開いた「民営草庭」とのこと。 開園当初は360本もの梅が咲き誇った…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その三十「旧古河庭園」)

膝の上に乗っかってくる人懐っこいマガモの宗光君、 (明治の元勲・陸奥宗光の別邸であったというので、勝手に私が名付けました。)  まだ留まっているかもしれないと、昨年9月9日以来、丸7か月ぶりに「旧古河庭園」に行ってきました。 大滝近くの橋の下を泳いでいて、近寄ってくるではないですか! 一羽だけ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

エビネ萌出る

春分が過ぎ昼が長くなると、庭の木々が芽を出すように、最低気温が7~8度を下回ることがなくなると、池の金魚も、地面の草花も動きが活発になる。 微妙な水の比重や、太陽光の変化を察知して、活動を始めるのだろうな。            (ヤブレガサ) 去年、日陰にある高さ2メートルほどの雑…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十九「馬事公苑」)

          (正門脇からのオオシマザクラ) 桜の隠れた名所はないかと、渋谷駅から東急バス「農大前」下車で JRA「馬事公苑」に行ってきました。 着いたのが午前11時過ぎで、人もまだ疎らで、満開のソメイヨシノや枝垂桜を満喫できました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十八「浜離宮恩賜庭園」)

「清明の時節雨紛々 路上の行人云々」とか言いながら、 大江戸線一本で行ける汐留駅まで足を伸ばしました。 お目当ては、見頃かと思われる「浜離宮恩賜庭園」の染井吉野と、 築地場外市場でのお寿司。         (潮入の池の中島橋) 当然ながら、節電のため桜のライトアップは中止でした。 (それで結構、夜桜は月明かりで観賞…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十七「新宿御苑」)

東京の庭園廻りも折返しの二十七次。 出発が「六義園」で終点は「小石川後楽園」なら、 中間はやはり「新宿御苑」と決めていました。 18万坪の苑内には、 日本庭園・フランス式の整形庭園・イギリス式の風景庭園・自然観察の森などがあって、四季というより、月ごとに見所を用意して待っています。 (六十男でありながら「母と子の森」が…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十六「御殿山ガーデン」)

二十三次の「国際文化会館」が「旧岩崎邸庭園」だと知ってから、 岩崎家に係る庭園を一応は網羅しておこうと、「三菱グループ」等でネット検索しました。 http://www.mitsubishi.com/j/legacy/index.html 上野の旧岩崎邸庭園、六義園、清澄庭園、国際文化会館、静嘉堂文庫美術館、殿ヶ谷戸庭園、高…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十五「明治神宮御苑」)

電車もバスも使わず歩いていけるので、「明治神宮の御苑」に行ってきました。 久しぶりですが、明治神宮ほど家から近くて、しかも昔から親しんできた森は他にありません。 ボーイスカウトが見張り番をする篝火を頼りに、家族揃って参拝した初詣。 椎の実をズボンのポケットいっぱいにして、満足げに家路を急いだ夕焼け空。思い出は尽きません…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

彼岸過ぎまで

漱石の小説ではない。 なんとかこの二三日で、原子炉の安定冷却に目処が立つようにと祈るばかりだ。 家では、マンサクの花が終わって、キブシが薄黄色の花序を垂らしている。 寒緋桜や赤・白の椿を目当てに、メジロの番いがやってきて蜜を吸っている。 みかんを輪切りにして梅の枝に刺しておくと、2~3時間で食い尽くしている。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東京庭園五十三次(その二十四「高輪プリンス庭園」)

一昨日は凄かった。 震度5強の実体験は、起振車のそれよりはるかに迫力がありました。 門の脇の石灯籠が倒れるし、ピアノは東西方向に5センチ水平移動するし、液晶ディスプレーの画面に傷がつくし、ガスが止まって、連続していた日常生活が突然止まって、非日常の世界に放り出されました。 それでも激甚被災地の人々を思えば何のこともない。 こんな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more